ロッド・スチュワート-セイリング/Rod Stewart – Sailing
「セイリング」(原題:Sailing)は1972年のサザーランド・ブラザーズ(英語版)によるシングルレコード。ロッド・スチュワートがカバーし、1975年にシングルリリース。全英1位を獲得した。
ロッド・スチュワート(Sir Roderick David “Rod” Stewart/1945年1月10日~)は、
英国ロンドン出身のミュージシャン。1960年代後半からジェフ・ベック・グループ、フェイセズでの在籍を経てソロで活躍。個性的なハスキーボイスの持ち主で、そのボーカル・スタイルは一部のロック・ミュージシャンに影響を与えた。10代の頃にはプロ・サッカーの3部リーグのチームのトライアルも受けたことで知られている。ライブでは客席にサッカーボールを蹴り込むパフォーマンスが定番となっている。レコード、CDの全世界におけるトータル・セールス枚数は(シングル込みで)2億5000万枚以上。全米No.1アルバム4作、トップ10アルバムは17作。全英No.1アルバム10作、トップ10アルバムは33作の記録を持つ。
彼は1967年ジェフ・ベック・グループのベーシスト、ロン・ウッドに誘われてスティーヴ・マリオット脱退後の「スモール・フェイセス」へ参加。同バンドは、2人の加入とともにバンド名を「フェイセズ」に変更した。フェイセズはアルコールにめっぽう強く、酔いどれバンドとしても知られた。また、ロッドはソロ・アルバムの契約にサインし、ソロ歌手でマーキュリー・レコードと、そしてフェイセズでワーナー・ブラザースと2つのレコード会社を掛け持つこととなる。
1969年11月、最初のソロ・アルバム『ロッド・スチュワート・アルバム』(マーキュリー盤:The Rod Stewart Album/ヴァーティゴ盤:An Old Raincoat Won’t Ever Let You Down)をリリースするも、当時は目立ったヒットとならなかったが、1972年にはアメリカのBillboard 200で139位を記録した。
1970年3月、フェイセズのデビュー・アルバム『ファースト・ステップ』 (First Step)を発表。アルバムはアメリカよりもイギリスでヒットし、バンドはライヴでの評判が高まった。
6月、2ndソロ・アルバム『ガソリン・アレイ』(Gasoline Alley)をマーティン・クイッテントン(G)とともに発表し、ソロ・ツアーを催行。その後、1971年5月に3rdソロ・アルバム『エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー』(Every Picture Tells a Story)が英米チャート同時1位という史上5度目の快挙を達成。また、シングル・カットされた“リーズン・トゥ・ビリーヴ/マギー・メイ”も英米で1位と大ヒットを記録する。“マギー・メイ” (Maggie May) は当初B面扱いだったが、同曲を気に入ったラジオDJ達がA面扱いで紹介した。
フェイセズは、70年代初期において、もっとも直球なブリティッシュ・ロック・バンドとなった、彼らの音楽は深いというよりは、本当に良い時間を過ごすためのものであった一方で、ロッド・スチュワート好みの人間的興味をそそる物語が描かれていた。「Pool Hall Richard」は、ビリヤード台におけるティーンエイジ・センセーションであり、「Miss Judy’s Farm」はイギリスの白人よりもソウル・シンガーが歌いそうな奴隷に関する物語だった、「Cindy Incidentally(いとしのシンディ)」は命を吹き込まれるようなものだった。
そうこうしているうちに、昔の恋人を歌った「You Wear It Well」、マキシン・ブラウンのヒット曲をよみがえらせた 「Oh No Not My Baby」、フォークのコネクションを航海(sailing)することでカヴァーしたサザーランド・ブラザーズの曲「Sailing」などによって、ロッド・スチュアートはソロ・スターとして上昇していった。